: X-T1

Five years

プロジェクトベースの仕事という性質上、年間を通じての季節感はあまりないものの、桜の咲くこの時期は節目の季節。もうすぐ今働くコンサルティングファームに入社して満5年。そして社会人満5年。ファームに入った頃は3年続くかどうかと思っていたけど、なんだかんだ楽しくエキサイティングに仕事させてもらっていて、有り難いこと。 昨日は横浜にて博士時代からの仲間の勉強会に参加。これも数ヶ月に1回の頻度で開催を続け、今年の秋に5周年。こうして継続的に同じメンバーで集まり続けることができるのは素晴らしいね。集まってくれている皆に感謝。

Monochrome in Shinjuku Gyoen

2012年の終わり頃から フジフイルムのカメラ(X シリーズ)を愛用している。 今使っているのはレンズ交換タイプの X-T1 と、光学ファインダー付きでレンズ固定の X100T の2台。Xシリーズに出会ってから他のカメラをほとんど使わなくなり、ニコンのフルサイズ一眼レフも手放してしまった。 日常生活の何気ない瞬間、散歩中に街中で出会う風景、あるいは旅先での美しい景色。静かに心と対話しながら写真を撮りたい時、Xシリーズはそれに応えてくれる気がする。 このカメラで撮れる世界をもっと撮ってみたい。

片道切符

帰国日が決まり、国際線の片道切符を買いました。 昨年12月、僕は成田からムンバイまでの国際線の片道切符を買いインドでの生活をスタートしたわけですが、それから約一年が経ち、今回はそれを補う形でムンバイから成田までの片道切符を買ったことになります。 日本国内の電車での移動ならまだしも、国際線のフライトチケットで片道切符を買うというのはなかなか経験できるものではないと思います。その切符には、しばらく日本に帰らず海外で暮らすという決意が込められているわけですから。 一年前にインド行きの片道切符を買った時は、もちろん新しい生活への期待も高かったた一方、同時に不安も大きかったです。以前に観光者としてインドを訪れたことがあったとはいえ、長期滞在でしかも仕事をするとなると話は別。自分にどんな生活が待っているかなど想像できませんでした。そして実際に待っていた生活は、日本では経験できない「異常値」の経験ばかりでありましたが、その意味では、期待通り、想像通りだったとも言えます。 インドで一年過ごして自分の中で何が変わったのか、という質問をされたら何と答えようかなと考えていたのですが、今出てくる答えとしては、「自分が受け入れることのできる世界がずっと広くなった」ということかなと思っています。異常値に出会った時、それに反発したり無視するのではなく、それも世界のあり様の一つなのだと理解し受け入れられるようになったと思います(仮に納得出来ないとしても)。 同時に一種の安心感を覚えました。この地球には本当に色々な世界が存在していて、自分が生きていく場所はたくさんあるんだなという事が、体全体で理解できたような気がします。もちろんこれはインドで生きていくとかそういう直接的な意味ではないのですが、世界はとても多様で、色々なことを許容してくれるんだという事が信じられるようになりました。 インドでの学びについては今はこれ以上は書かないでおきますが、日本に戻った後、折にふれて何度も振り返っていきたいと思っています。 インドに住み始めてからも何度か日本に帰国しています。ただし、いずれの場合もチケット予約画面では “Return” にチェックし往復の日付を指定して買っていました。それが今回は “One way” にチェックしし片道の日付のみを指定。到着地はもちろん Tokyo です。予約が完了した時、そうか自分は日本に帰るのか、という実感が湧いてきました。 ムンバイでの生活に名残惜しさもありますが、やはり自分の国に帰るというこの感じはなかなか良いものです。今回の片道切符ですが、自分にとっては日本での生活に戻るというよりも、日本での「再スタート」のような感じがしています。

アジアの西の果てとヨーロッパの東の果て

長期休暇を取得しトルコとギリシャを周っていました。どちらも初めての訪問でしたが、長い歴史の積み重ねを感じさせる重厚な場所でした。 中でもトルコはイスタンブールといえば、黒海とエーゲ海とをつなぐボスポラス海峡の両岸に亘って存在するわけですが、海峡の東側をアジア、西側をヨーロッパと見なすならば、イスタンブールはアジアにとっては最も西にあり、ヨーロッパにとっては最も東にあるとも言えます。 ヨーロッパとアジアそれぞれの民族や国家はこのボスポラス海峡を何度も渡りながら交流しまた覇権を争ってきたわけで、歴史上、常に重要な役割を担ってきた場所。 今はイスラム教の国だけあって、1日5回の礼拝の時間を知らせるアザーンが流れるこの街に滞在し、数々の遺産を廻りながらその歴史の変遷に思いを巡らしました。 僕は学生時代は世界史に関しては全く出来の悪い学生でしたが、実際にその歴史が作られた場所に訪れ五感を通じてその場所を体験すると、すべてのストーリーがリアルに感じられ、点と点が線として繋がってとても面白いですね。もっと学んでみたくなります。 滞在の過程で様々な刺激を受け色々と考えさせられましたが、まだうまく言葉にでてきません。少しずつ整理していけたらと思います。 冒頭の写真はイスタンブールのスルタンアフメット・モスク (Sultanahmet Camii)、通称ブルーモスクです。モスクの美しさに気づくことができたのも、今回の旅の実りの一つ。今回の旅路で撮った写真も合計2000枚を超えましたので、こちらも少しずつご紹介していけたらと思います。

習熟の基本は言語化にありとあらためて思う

最近時間があると、以前にもまして Flickr を始めとする写真サイトや、フォトグラファーのブログや、あるいは実際に出版された写真集をよく見ています。何をしているかというと、第一に自分が好きだなと思える作品を見つけることと、第二にそれがなぜ好きだと思ったのか考えること、そして第三にそれを自分で再現するためにはどうすればいいのかを考えることです。 ここで今までの自分を振り返ると、第一ステップの次にいきなり第三ステップを目指そうとしていたのではないかと思うのです。素敵だなぁとかカッコいいなぁと思う写真を見つけた時、自分もそんな写真を撮れるようになるためには何をしたらいいかなと考えていたと思うのです。 ただし最近は、その間のステップ、つまりその写真がなぜ好きなのか考えるというステップを意識して組み込むようにしています。そして、特に重要なのは、好きという漠然とした感情をできるだけ細かい言葉に落としこむことだと思っています。 例えば、その写真の対象となっている主題(人物や風景など)が気に入ったのか、気に入ったとしたらなぜなのか。構図に魅せられたのか、だとしたら何がポイントなのか。あるいはその写真の色の表現の仕方やコントラストの出し方が好きなのか。色の表現が好きなのだとしたら、色相や彩度に分けるとどういうことなのか。コントラストが良いのだとしたら、ハイライトからシャドウに至るまでどういう変化なのか。 ・・・等々、挙げだすとキリがありませんが、写真を構成するこうした個々の要素に分けて自分の言葉に落としこむことによって、「好き」という漠然とした感情で終わらずに、その次のステップである「自分で再現するためにはどうすべきか」という問いに具体的に答えるための材料が生まれてくるのだと思います。その材料をきちんと揃えることができてはじめて、それを表現するための手法とその学習方法がより具体的に見えてくるでしょうし、実践することもできると思うのです。 もちろん芸術表現の一つである写真について、こうした科学的なアプローチが全てだとは思いません。本人が明確に言葉にできないにも関わらず素晴らしい作品が生まれるというケースは芸術の世界では珍しくないことだと思います。とはいえ、そうした才能や資質に依存せずに少しでも今よりも良い写真を撮りたいと思うならば、「言語化」はとても大切なプロセスだと思うのです。 本来はどんな分野においても、その分野での習熟を目指すならばこのプロセスを踏むことは当然のことと思います。曖昧なままでなく言葉に落として要素に分解して、正しい理解のもとステップを踏んでいくことが重要であるはず。ただし写真の場合、それが一見すると感覚的な分野であるがために、その学習も感覚的になってしまいがち。ですがちゃんと考えるとやはり言語化というものは重要で、それは分野を超えた基本中の基本なのだなとあらためて思ったのです。 ・・・などと分かったように書いていますが、まだまだ写真はヘッポコなので引き続き、言語化を意識しながら精進します。。。 Photo of the day Jodhpur, 2014 / Fujifilm X-T1 / VSCO Film

青い街 ジョードプル 訪問記 #3

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ジョードプルで2日目の朝を迎えた。まだ気温が少し穏やかな午前、メへランガール砦 (Mehrangarh Fort) へ向かった。

メへランガール砦は旧市街地からさらに丘を10分ほどオートリキシャで登った場所にあり、ジョードプルの街が展望できる。「砦」の名前がつくように、ここはかつでジョードプルを外敵から守るための重要な拠点であったわけで、今でもその砦の上部にはかつて使われたと思われる砲台が備え付けてある。

盟友ムンバイへ来たり(エンペラーの会) #9 – ドビー・ガート

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これは「エンペラーの会インド編第8話」からの続きである。

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羅王、ザッキーニ、マッチの珍道中を書いているとなかなか話が進まないのが今回のシリーズの悩みである。ブログを読んでくれているムンバイの複数の友人からも「魅力的な仲間ですね」とのコメントを頂いている。確かに「魅力的」ではあるし、彼らのような仲間がいてとても恵まれていると思う。ただし「会ってみたいです」とは誰も言ってくれないのは、やはり何か問題があるのかもしれない。日本語はオブラートに包んで表現するものだ。

既に9話目だが、今日は土曜日の話だ。つまり木曜日に羅王とザッキーニが到着し、金曜日にマッチが到着し、全員でムンバイを観光する土曜日である。前回の記事に書いたように今日はいくつかのポイントを回ったのだが、個々については詳細は書かない。もしご興味を持たれる方がいれば羅王のブログをご覧頂きたい。「インド5弱の衝撃!8年ぶりに行ったインドの話 その7」によくまとまっている。

ムンバイの日常 (9月)

エンペラーの会インド編の途中ですが、息抜きで9月に撮った写真から何枚かご紹介(たまには iPhone じゃなくて iPad や PC など大きめの画面でも見てみてくださいね)。 ムンバイで最も身近な Black & Yellow Cab ですが、3、4台に1台くらいの割合でこうしたレトロな車種に遭遇します。タイヤが抜けるんじゃないかってくらいフラフラと左右に揺られますが、これで結構スピードを出すドライバーもいるのでなかなかスリルがあります。最初の頃は面白がって乗っていましたが、最近はだんだん避けるようになってしまいました。 9月のガネーシャ祭り(ガネーシャ・チャテュルティ)の最終日の前日に Colaba にて撮ったもの。翌日の祭りに備えて料理を準備しているようでした。 最初とこの2枚目の写真はいずれも Fujifilm X-T1 にレンズ XF23mm をつけて撮っています。35mm換算で 35mm の焦点距離ですね。街中の散歩の時のお気に入りの組み合わせ。Fujifilm のカメラは色再現に定評があり、僕もそのカメラで撮ったカラー写真の色の出方はとても好きですが、白黒は白黒で滑らかなグラデーションが綺麗です。 自宅の近くの大通りを歩いて近所の酒屋さんまでビールを買いに行きました。インドでは Kingfisher というブランドが最も飲まれています。僕もそれをいつも飲んでいます。こちらの写真は Ricoh GR にて。コンパクトなのでいつも持ち歩けるカメラ。コントラストが高いのはあえてそう撮っているため。 9月最後の夜、土砂降りの雨が振りました。たくさんの落雷も。最近は日中は雨は降らず気温もかなり上昇してきたのでモンスーンは終わりかなと思っていましたが、まだ粘っているようです。こちらはニコンの一眼レフ D600 にて。 先日友人(羅王)にカメラの話をしたとき、僕がカメラを複数台持っていることに驚かれました。写真好きにとっては当たり前の感覚なのですが、一般的にはそうじゃないのかな、と考えてみると確かにそうじゃないのかもしれません。その時の気分と状況と、取りたい写真とで使うカメラそしてレンズを選んでます。