日本代表 背番号なし

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Delhi;
Fujifilm X-T1 with XF35mm F1.4R

 

これまで何度か書いてきていますが、僕の生活圏では日本人は僕一人です。勤務先のオフィスはもちろん、仕事でお会いするお客さんもほぼインド人で、たまに欧米からの出張者がいらっしゃる程度。私生活でも、月に一回程度の日本人会の若手の皆さんとの交流会を除けば、インド人社会の中で毎日を過ごしています。

こうした環境で過ごしていると、自分は日本を代表している、という意識が自然と強くなります。もちろん日本代表と言っても、オリンピック選手やワールドカップ選手のそれと比べれば全然ちっぽけなものですが、それでも、僕が仕事や私生活で普段接する多くのインド人にとっては「僕イコール日本人なんだ」と意識させられるのです。彼らにとっては、僕の振る舞いは、僕という個人の振る舞いであると同時に、日本人の振る舞いでもあるんです。

例えば、仕事のプロジェクトで一緒になったメンバーと雑談をすると、よく「日本の XX はどうなんだ」「こういう時、日本人はどう考えるんだ」という質問を受けます。あるいは、僕の振る舞いを見て「日本人は丁寧だな」といった感想を持たれたり、「日本人はきっちり仕事をするから、お前もちゃんとこの仕事をしてくれると思う」といった期待を持たれたりするのです。

彼らは、僕という個人を見て、その延長線上に日本人を見ている。そう強く意識させられます。

今日までインドで生活していて、インド人が持っている日本そして日本人の印象は総じて大変良いものであると感じています。

ほとんどのインド人は日本に行ったことはありませんし、直接日本人と接する機会もほとんどありません。したがって、メディアの情報を通じて受ける印象がベースになっているのだと思いますが、日本や日本人に対して、ある種の尊敬の念といったものを抱いてもらっていると感じます。全てではないにしろ、日本の文化、精神、技術、サービスといった様々な日本の資産を評価してもらっていると感じます。

僕という個人を通じて日本が見られているのだとすれば、こうした日本のブランドや品位を損なうことがあってはならないと思っています。自分が至らないことも少なくありませんが、少なくとも意識の上では、その責任を果たせるように考え、発言し、行動しなくてはいけないと思っています。

僕の仕事のやり方、人との接し方、日本という国に対する視座のあり方から、街中でのちょっとした振る舞い方やゴミの捨て方まで、そういった言動の端々に、日本人としての意識や健全な誇りを持ちたいと思っています。

背番号はなくとも僕は日本代表なんだ、そう思いたいのです。

インドに来て以来、グローバル人材とは、という問いについて度々考えることがあります。その一つの答えとして、母国の国旗を背負えること、というのはあり得るのかなと思っています。

もちろん語学力を含めたスキル的な部分や、特定分野における専門性といった実践的な要素は当然重要だと思います。それでも、非常に曖昧ですが、自分の国の国旗を背負って他国の人間と付き合える意識とそれ相応の言動が取れることって、より本質的に大切な要素はないかなと思うんです。

そう考えると、僕はまだまだ未熟者ですが、地道に頑張っていきます。