盟友ムンバイへ来たり(エンペラーの会) #3 – ザッキーニ、インド着

これは「エンペラーの会インド編第2話」からの続きである。

21:00 を回った。第2の男がまもなく到着予定だ。彼は成田からシンガポール経由でムンバイへ向かっている。シンガポールのチャンギ国際空港経由となると片道 15 時間前後の道のりだ。僕も以前この経路で日本との往復をしたことがある。夕方に日本を出て深夜にシンガポールに到着、ムンバイには明け方に着くという便だった。これだけの時間をひたすら移動に費やすというのはなかなか大変であり、まさにこんな感じになる(チャンギ国際空港にて)。

 

Singapore;
Fujifilm X-T1 with XF35mm F1.4R

  

オンラインでほぼ定刻通りの到着が予定されていることを確認し、羅王と共にムンバイ国際空港、正確には Chhatrapati Shivaji(チャトラパティ・シヴァージー)国際空港へ向かった。スタバへ来る際はオートリキシャーを使ったが、空港へはタクシーで戻ることにした。辺りにはオートリキシャーはたくさん待機しているもののタクシーが見つからない。しばらく歩いたところようやく1台発見。

空港に行きたいと言ったら、300ルピー(約500円)だと即答してきた。経験的にはここから空港までは150ルピーくらいのはずだから、2倍のプライスをふっかけてきている。ムンバイの場合、基本的にタクシーもオートリキシャーもメーターを使う明朗会計ではあるが、目的地が近い時や、今回のように他にタクシーがいない時などは強気の姿勢に出てくる場合がある。日本人からすれば大きな額ではないのだが、甘く見られている感じが嫌なので、僕は大体は価格交渉することにしている。しかし今回に限っては空港に時間通りに到着することを優先したかったので言い値で納得した。

 

来るときは1時間かかったが、21時過ぎともなれば渋滞がいくらか緩和しており、30分弱で空港に到着した。到着口には羅王を迎えた時と比べ2倍位の人数のインド人(ほとんどドライバー)が待ち構えている。電光掲示板を見るとシンガポールからのSQ424便がちょうど着陸したことが示されていた。間もなく第2のゲストから到着の連絡が携帯電話に入るだろう。羅王と一緒に近くの椅子に座って待機。なお補足になるが、ここでも羅王はネット接続を要求してきたため、僕の iPhone 5 のテザリングを提供した。

 

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SQ424便が到着してから30分以上が経過。しかし連絡が入らない。こちらから電話しても不在着信になってしまう。特にトラブルに巻き込まれる要素は考えられないので心配する必要はないのだが、既に時刻は 22:00 を回っており、僕も羅王もかなりお腹が空いてきている。できれば早いところ合流してホテルに向かいたいのだ。

45分ほど経過したところでようやく電話が繋がった。何に手間取ったのかは結局不明なままお茶を濁されたが、無事に第2の男、ザッキーニと合流した。

公認会計士のザッキーニはまだ20代ながら TAC (公認会計士の資格学校)の講師を務め、しかも今年に入って自著の出版も実現するという若手エリートである。そして7秒差で若干及ばずながらフルマラソンをほぼサブ 3.5 で走り切るなどスポーツ面もぬかりがない。そうした華やかな経歴から、僕も羅王も、おそらく海外の旅にも慣れており今回のインド旅行もそつなくこなすであろうと予想していた。

しかしながら、我々の前に姿を表したザッキーニが着ていたのはピンクのハーフパンツであった。腰にはチェック柄の爽やかなシャツを巻いている。なるほど東京であればきっとそれはオシャレさんで通じるかもしれない。

しかしここはインドである。タクシードライバーであればカーキ色の服で上下を統一するのが無難な着こなしであり、街行く若者であれば長袖シャツを細身のジーンズに入れバックパックを背負うのがセオリーである。しかしザッキーニは、そういったインドの流行をまるで無視して、「いかにも日本から遊びに来ました」オーラを全身から吹き出していた。時既に遅しであるが、外国人というだけでハイエンドな見込み客扱いをされてしまうインドでは、こうしたオーラはできるだけ抑えておくほうが良いのだ。僕なども最近はバックパック、ジーンズ、サンダルの3点セットが週末のオシャレの基本になっている。郷に入れば郷に従えの教えを見事にスルーしたそのザッキーニの姿に、僕と羅王は若干の不安を覚えてしまった(後にその不安は現実のものとなる)。

 

Mumbai;
Ricoh GR

 

とはいえ、僕としては昨年12月に会って以来のザッキーニとの再会である。お互いに肩を抱き久々の再会を喜び、僕は心からの歓迎の意を伝えた。これで今晩の主役は揃った。時刻は22時30分を回っている。とてもお腹が空いている。手早くエアコン付きのタクシーに乗り、我々はムンバイ南部にある Colaba 地区のホテルへと向かった。

 

空港はムンバイの北部に近い。そこから Colaba へは 25km ほど南下しなくてはならない。既に遅い時間帯で渋滞はほぼ解消されているとはいえ、確実に早く到着するためには Sea Link と呼ばれる有料道路を使うのが一般的だ。今回、羅王とザッキーニを乗せたタクシーも Sea Link を経由して Colaba へ向かった。

夜の遅い時間に Sea Link からムンバイの街の灯を見ながら移動すると、いつもムンバイに着任した最初の夜を思い出す。2013年12月29日。朝の便で成田を出発しデリーを経由して夜遅くにムンバイに着いた。荷物はスーツケースを2つとバックパックを1つ。その日も今日と同じようにタクシーを手配し Sea Link を通って一人 Colaba へ向かったのだ。冬の寒い日本から蒸し暑いムンバイへ降り立ち、雑踏とクラクションとに囲まれながら迎えた最初のあの日の夜。今でも鮮明に思い出す。あれから9ヶ月。僕はムンバイに随分馴染んだけれど、Sea Link から見るムンバイはあの日をいつも思い出させてくれる。

写真は無事の合流を祝う二人の様子。エンペラーの会では上下関係は極めて厳密に遵守されている。

 

Mumbai;
Ricoh GR