盟友ムンバイへ来たり(エンペラーの会) #8 – 市内観光

Mumbai;
Fujifilm X-T1 with XF23mm F1.4R

 

これは「エンペラーの会インド編第7話」からの続きである。

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土曜日の朝を迎えた。今日は終日、エンペラー全員でムンバイのローカルツアーに出かける。クマールと相談していくつか訪問場所を決めたが、僕が必ずエンペラーの皆を連れて行こうと考えていたのはインド最大級の洗濯場であるドビー・ガート (Dhobi Ghat) と、インドを知る上では欠かせないスラム (Slum) 。この2つは実際に見て体験してもらわなければと思っていた。 

朝9時半にロビーに集合しクマールにアレンジをお願いしていたタクシーの到着を待つ我々。その時、僕はおかしなことに気がついた。羅王の口から何度もトーマスという名前が出てくるのだ。「受付に昨日のトーマスいないね」とか「今日のトーマス初めて見るね」みたいな事を言っている。そしてタクシーが到着した時、そのドライバーに向かって放ったのは「トーマス、今日はよろしく」の一言。

???

もしやと思ったが、どうやらこの男は会うインド人全てをトーマスと呼ぶことに決めたらしい。これは色々とおかしい話だ。まずインド人にトーマスはいない。インド系アメリカ人ならいるかもしれないが、トーマスという名前はインドには存在しない。例えばアミット (Amit) とかラジュ (Raj) とかサンディープ (Sandeep) とかヴィクラム (Vikram) とか、そういう響きがインド人の男性の名前である。しかも後日になって羅王のブログで知ったのだが、どうやら彼は女性インド人であってもトーマスと勝手に呼んでいたようである。女性であればネハ (Neha) とはプリヤンカ (Priyanka) といった名前がよく聞く名前であって、やはりトーマスはいない。

確かに羅王は日本にいる時も、人にニックネームを付けるのが得意だし好きだったように思う。ただしあまり本人の名前の原型を留めることは少なく、元帥とかハラルとか熊といった、若干子供っぽいニックネームを付けるところがある。ただし、彼はその相手の本質をよく捉えそれを抽象化する形でニックネームを付けていたはずだ。しかしここインドではそうした細やかな気配りはすっかり忘れ、おそらく一番最初に頭に浮かんだ外国人の名前であろうトーマスで全てを通すことにしたようだ。精神、肉体共に屈強な羅王だがインドの魔物に若干やられていたのかもしれない。結果的に僕は今回、たくさんのトーマスに出会った。

 

我々はトーマス(ドライバー)のバンに乗りホテルを出発した。今回の訪問場所は以下の予定である。

ここでは個々の場所の説明については割愛させて頂くが、ドビー・ガートとダラヴィ・スラムについてはまた日を改めて書きたい。

トーマスは親切にも運転しながら「あの建物は XXX だ」「あそこは XXX だ」と丁寧に僕たちに教えてくれていた。しかし僕が助手席に座り、他の3人が後部座席に座ってしまったため、もっぱらトーマスは僕と話すことになってしまった。そして僕はだいたいそうした建物や地名については知っていたので、「あれは XXX だよ」と言われても「そうだね」としか答えようがなかった。後部座席では3人が日本語で盛り上がっている。トーマスが何か話す。僕が「そうだね」と答える。そんな時間がしばし続いた。

しかしマッチは違った。トーマスが「あれはスタジアムだよ。クリケットの試合があるよ」と教えてくれると、すかさずマッチが「ムンバイにもクリケットチームはあるのかい」とトーマスに打ち返してきた。「あるよ」とトーマス。間を置かずにマッチは「インド全部で何チームくらいあるんだい」とトーマスにさらに打ち返した。しかしトーマスはどうやら正確に知らないようでしばしの沈黙。そして “I don’t know.” との答え。

僕ならば “Okay. I see.” とでも答えてしまうのだが、その瞬間マッチは、

“Why? Why you don’t know. You know!!! You know!!!”

と後部座席から身を乗り出してトーマスへ攻撃をしかけてきた。I don’t know と言っている相手に対して、You know! をしつこく繰り返すその姿に僕は改めてマッチという男の恐ろしさを見た。そしてその後、トーマスは2度とマッチに話しかけることはなかった。

 

インド人すら黙らせる男マッチ(昨年12月の壮行会にて)

 

続く。

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